【フェア対象】タケダ2000GT「雑文集 あのころ、それから」
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///五十の声を聞くようになった今でも、一番好きな動詞が「サボる」である///
という一文からスタートする手のひらサイズの雑文集。1974年宮崎県生まれ、転がる石のようにギターを弾いたり弾かなかったりなにかを書いたり書かなかったり人に会いに行ったり行かなかったりしている「面倒くさい満開の桜」ことタケダ2000GT氏が見たもの聞いたもの、そしてそこから連想したもの、折々に書きとめられた短かったりほんの少し長かったり、前後の脈絡や時系列から解き放たれた25の章をお楽しみください。
【章タイトル一覧】
■起立、礼、が済んだらサボろう
■愛のバラードよ、静かに流れよ
■ごきげんいかが、ワン・ツー・ワン・ツー
■仮に檻を取り除いてやったとしてシロクマの行くあては
■いとしのマックズ
■白いちっちゃいの飲みましょか
■すてきなサンバ
■ふっこふっこを探して
■土曜の朝・午前9時
■When I'm in the middle of a dream,
■熊本城
■ニヤリの女
■あれのこと、なんて言えばいいのだろう
■大人の報復
■二〇〇六年の鈍行阿房列車
■ストレンジ夫婦
■わからないこと
■Heart of Saturday Yonago Oyado
■めんせつ
■しょうちく
■エス子のチョコレート
■年中花見、じめっと花見
■ラ・セルベッサ、シガリーヨ、シニョリータ(+補遺)
■ライフ・イズ・ほうろう
■あのころ、それから
【一部を引用】
「「
見飽きた平日の午後の海があり、相変わらず空との境目付近でタンカーの影が二つ三つ、じっとしていた。
先は見えないけれども、だ、物理的には不可能だけれども、だ。
このまままっすぐ海に線を引いてぶつかった先には人が住んでいるまちがあって、そこでの暮らしは今この瞬間も動いている。訳もなくうれしい。さらにもしかしたら今、まさに同じように授業に出ないでこの海を反対から見ている同じ年頃の子がいるかも知らない。いたら会いたい。サボるくらいの子だからラフィン・ ノーズとか聞いてるかな。きっと波の音もそこでは少し違うだろう。大人になったら色んなまちに行って、覚えきれないくらいの人と会ってみたい。
(「起立、礼、が済んだらサボろう」より)
」」
「「
それは家の裏の方のはす向かいにあった。
商売をしていた我が家では、当時はそれなりに華やかだったアーケード商店街に面するお店の入り口を表、と呼び、店内を突っ切って逆側、昼間っから芋焼酎の匂いの立ち込める飲み屋街に面する方を裏、と呼んでいた。
木造三階建てのどでかい古い建物。窓であっただろう箇所は、外側から板を打ちつけられ、すべて隠されていた。大きな建物なのに、窓の数が異常に少ないことも不思議だった。
そんなお化け屋敷以外に使い道のなさそうな建物は、誰が見ても異様な雰囲気で、おれと兄は「本物」と呼んでいた。しかし、うちに遊びに来てもそれに興味を抱く友人はおらず、おれたち兄弟にだけ見えているのか、と話したこともある。
(「しょうちく」より)
」」
「「
ブリテン嬢は、ヨシ、今の恋人と別れて、と言った。少し考えて、でも君はいずれ国に帰るだろう、というと、勘違いしないで、あたし達と同じ境遇になってもらいたいだけよ、寂しさを分かち合うの、と笑った。
泥酔して朝方、皆で畳に寝転がって喋っているうち、なんとなく、
「パールハーバー。あれ、悪かったな」
というと、全員ががば、と起きて、
「ノウ」といった。
(「ラ・セルベッサ、シガリーヨ、シニョリータ(+補遺)」より
」」
「「
この先、一人分なら一人分の、二人分なら二人分の日々の食い扶持がなんとかなるように、妻と猫ふたりも連れだって、自分の二十一世紀をぶらぶらをしようと思う。生きるの疲れたな、と嘆くならそれを歌おう。メロディに乗らない時は書こう。どちらも駄目なら、アルバイトをしよう。食べていくための社会の仕組みは、確実に自分が子供の頃に比べて自由ができるように変わっている。
(「ライフ・イズ・ほうろう」より)
」」
※5/27に虹霓社から刊行される小説『戦中派と缶チューハイ アサイラム公園の夏』も月末入荷予定です
